写真集
001

日本の路地裏100

佐藤 秀明
日本古来の昔のままの姿を残す日本の路地裏。日本全国東西南北の代表的な路地裏風景をまとめた写真集。ちょっとした道草したくなる風景。
沖縄から、尾道・京都・金沢・飛騨高山・東京下町・小樽など日本全国東西南北の代表的な路地裏を旅して写した風景100。今も残っているのが不思議な風景があります。どれもがこのまま残しておきたい大切な日本の風景です。

002

 雨のくに

佐藤 秀明
日本の国には雨の季節、雨の景色が不思議と似合う。優しく、静かに、心にしみ込んでいく雨。この国には、美しい雨の景色があります。雨はそれだけ私たちの生活に馴染んだものだからなのでしょう。雨を表す言葉,漢字表現の豊かさにもそれを感じることができます。
軒先に吊るされた「てるてる坊主」明日は遠足なのでしょうか?少女が縁側へ出て来て片手を外へかざします。その指先に雨の雫が一滴。その瞬間を捉えた優しい作品があります。少女の声、雨の音、匂いまで感じるそんな風景。「日本のくに」は美しい!そんな想いが溢れる写真集です!日本人であることが嬉しくなる写真集です!

 

003

秘境マルケサス諸島

佐藤秀明(写真)篠遠喜彦(文)

1995年4月25日夜、貨客船アラヌイ号は、仏領ポリネシア、タヒチ島のパペエテ港を出帆した。16日間のマルケサス諸島巡行、美しい旅の記録。
その昔、ハワイのひとたちはカヌーにのってマルケサス諸島からやってきました。その彼らがアラヌイ号に乗ってふるさとへ。祖先の島を訪ねた彼らは最後にはお互いの言葉の意味も理解したという。そしてそこはゴーギャンの島でもありました。彼はタヒチに10年間暮らしたのち、マルケサスのヒバオア島で最後の2年間を過ごして死を迎え、そこに葬られています。

 

004

レクイエム・ワールドトレードセンター

佐藤秀明

1960年代から70年代。そこにはあの時代特有のアメリカの姿と佐藤秀明の青春があった。テロで崩壊したワールド・トレード・センタービル。その誕生から光り輝く姿を撮り続けた「世界唯一の写真集」
古いビルを解体し、整地した跡にビルが建ち上がっていく成長過程と、当時この地域に住んでいた人々の表情や生活。ベトナム反戦運動、ヒッピ−、訓練をする消防士、工事現場に立つ人、散歩する老人や親小、夫婦そして街の様子など。そこにあったのは、アメリカの姿と佐藤秀明の青春。ビルがその生涯を閉じ、これは貴重な記録写真となった。

 

005

アレクセイと泉

本橋誠一

映画『アレクセイと泉』の舞台となっているブジシチェ村を中心に、村人たちの表情豊かな姿を写し撮った本橋成一の最新写真集。写真などとても撮れるものではないと思った。二度と来たくないと思った。しかし、この写真の主な舞台になっているチェチェルスクに行ったとき、そこには自然と共にたくましく生きる人々や生き物の姿があった。「核の大地」のイメージが「いのちの大地」に変わっていった。
放射能に汚染された村に住むのは老人たちだけ。そこに暮らすひとりの青年、アレクセイ。彼は村のみんなを手伝いながら暮らしている。そしてこんこんと湧き出る村の泉。そこだけ汚染されていない。地図からも消されてしまった村には、確実に人々の生活があり命があった。写真集のほかにDVDもあります。

 

006

てつびん物語

奥野安彦(写真)土方正志(文)

小料理屋“てつびん”のおばちゃんの、震災との闘いの記録。震災から12日目、“てつびん”のおばちゃんに出会った。「生きとっただけでめっけもんや。くよくよしたってはじまらん。こうなったら死ぬまでりっぱにいきたるわ。」そういって、おばちゃんは「がはは」とわらった。
「生きとっただけでめっけもんや。くよくよしたってはじまらん。こうなったら死ぬまでりっぱにいきたるわ。」と笑ったおばちゃん。逞しくそして切ない。被災した多くの人に時間はどんなふうに流れたのだろうか。1995年1月17日に発生した阪神淡路大地震。その直後より取材を続けたあしかけ10年に及ぶ記録が私たちに語りかけるものは何なのか。その重さをきちんと受け止めてみたい。

 

007

ガジュマルの木の下で

名取美和(文)奥野安彦(写真)

「メー・ミワ」は「ミワ母さん」という意味。タイ北部チェンマイ市のはずれにあるナンプレー村。この村で暮らすメー・ミワと子どもたち。タイ人の保母と保父、調理師、日本人とタイ人の事務局スタッフ、日本人ボランティアが暮らす「ホーム(家)」には、みんなで植えたガジュマルが根を張り、枝を広げています。この大木となるころには、HIV 感染症を完治できる薬が開発されていますように。
「大きな家族」として生きる。タイでHIV感染孤児と暮らす26人の子どもと「ミワ母さん」の物語。血の繋がりなんて関係ない。言葉も文化も違う国でミワ母さんは、ただ子どもを抱きしめる。ここには名取美和というスケールの大きな女性が育む、スケールの大きな暖かい「家族」の姿があります。

 

008

BODY 肉体礼賛

奥野安彦

パラリンピック・アスリートたちの4年間の記録。どうしてそんなに早く走れるのか?競技用車いすはどうなっているのか?障害者ってなんだろう?新鮮な驚愕と疑問が次々と湧いてきた。? 週刊現代ドキュメント・フォト賞受賞。

1996年の秋、アトランタ・パラリンピックのマラソン銀メダリストの室塚一也さんとの出会い。それから障害者スポーツを撮り始める。目の前を室塚さんの陸上競技用車いすがもの凄いスピードで駆け抜けて行った驚き。この写真集に込められた人間の肉体への賛美。人が一生懸命生きるということはどういうことなのか。それを鍛え抜いた肉体が語ってくれます。

009

ナージャの村

本橋成一

映画「ナージャの村」と並行してドゥヂチ村を撮った作品。第17回土門拳賞受賞。モノクロ/写真95点/チェルノブイリ写 真集第三作。
移住を拒否して汚染された土地にひとりで住んでいた83歳のアルカジイ・ナボーキンさんは言った。「この牛たちにミルクをもらって、自分で収穫したじゃがいもを食べているよ。」 どうして移住しないのか? 老人はどうしてそんなことを聞くのかという顔をして「どこへ行けというのか。人間が汚した大地だろう。」と答えたのだった。

010

イラクの小さな橋を渡って

池沢夏樹(文)
本橋成一(写真)

どこの国でも営まれている人々の普通の暮らし。それを壊していいはずがない。もしも戦争になった時、どういう人々の上に爆弾が降るのか。偏った報道によって私たちは誤った見方をしていないだろうか。戦争を回避する知恵を人間は持っているはずなのに。
戦争によって引き裂かれるのはいつも普通の人々の暮らし。自由と正義という言葉が一報の側からだけ高らかに叫ばれ、どこの国が、誰が利益を得るのか、解っているのに戦争を止めることができないもどかしさ。人間はどうして歴史から学ばないのだろう。

 

011

「生命の旋律 」(大型本) 

本橋成一

「生命(いのち)の旋律〜本橋成一が撮る人間の生き様集〜」本橋成一が国内外を旅し、出会った人々の生き様が写真と文章で綴られている。2003年4月から1年間、毎日新聞「日曜くらぶ」に連載されたものをもとに編集。
今も、地域の結びつきや自然の循環のなかで生きる人々。昔ながらの仕事を守り、受け次いできた知恵を活かして生きる人々。そんな人たちを写し取り、優しい文章で綴ったまさに心が洗われるような「生命の旋律」人間の生き様集。

 


 
 
Top | Love | Partners | T-Shirts | Flowers | Persons | Therapy | Message | Books | Links | Contact
 
掲載されている全ての画像、テキストの無断転用、転載をお断 りします。
Copyright(c)2007ハートロジー・マトリックス All Rights Reserved